以前NHKの国際特集番組で、ある印象的なインタビューを目にしました。
新教皇レオ14世の選出をめぐる報道の中で、今回のコンクラーベ(教皇選挙)に参加した日本人の菊地功枢機卿が、こんな発言をされていたのです。

「教皇になるには、“文化的イタリア人”でなければならないんです」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250515/k10014806361000.html

これは、実に示唆に富んだ言葉だと思いました。

もちろん、国籍や人種の話ではありません。
教皇は形式上「世界中のカトリック信者のリーダー」であると同時に、「ローマの司教」でもあります。
つまり、どこの国から来たかではなく、ローマという都市のリズム、バチカンの空気、教皇庁の非言語的なコードにどれほど馴染んでいるかが問われるということなのだと思うのです。

新教皇となったレオ14世は、アメリカ・シカゴ出身の枢機卿。
しかし彼は、最初のスピーチをイタリア語で始めました。
それは、自らがまず「ローマの司教」であることを、言語を通じて明確に示そうとした行為だったと菊地枢機卿は語っています。

この姿勢の中に、「文化的所属」という見えない資格が垣間見えるのです。

■「文化的イタリア人」とは誰か?

個人的な話ですが、わたしは過去20年以上を海外で暮らし、多くの国に暮らしてきたこともあり、この文化的〇〇人という感覚は肌感覚で分かります。
枢機卿がお話されたこの「文化的イタリア人」とは、決してイタリア人のパスポートを持っている人のことではありません。

それは、ローマのテンポを理解し、バチカンの中で用いられる“権力の言語”を話し、沈黙の意味、儀式の時間感覚、上下関係の肌感覚にまで通じている人のことだと思います。

対立や衝突ではなく、“ニュアンス”で物事を動かす。
儀式や伝統を重んじ、しかし時代とともにアップデートされていく仕組みに身を置く。
そうした人間関係と歴史への感受性が、「文化的イタリア人」たる条件なのです。

■ローカルに根ざすグローバル・リーダー

私はこの話を聞いて、ふとビジネスの世界のことを思い出しました。
グローバル企業のCEOが、たとえニューヨークやシンガポールに本社を構えていたとしても、「社内の“見えない文化的中枢」を理解できなければ、組織を動かすことはできません。

その場に合った言葉を選び、タイミングを読み、誰が「声なき合意」を握っているかを見抜く──
こうした「文化のOS」を理解し使いこなす能力は、リーダーシップの中でも最も見落とされやすく、同時に、最も重要なスキルなのだと思います。

■「文化的所属」は、わたしたちの中にもある

この記事を書きながら、私自身にも問いが浮かびました。

では、私は、“文化的東京人”だろうか?
それとも、“文化的ロンドン人”なのか?
あるいは、“文化的日本人”として、英語で文章を書く人なのか?

法律的には属していなくても、深く馴染み、語り、働き、祈る場所というのは、誰にでもあるはずです。
そう考えたとき、「文化的イタリア人」とは特別な誰かの話ではなく、
文化の境界をまたいで生きる私たち自身の姿 
なのかもしれません。

■リーダーシップは、“動かす力”からではなく“所属する力”から始まる?

リーダーシップとは何か?
人を動かすこと、説得すること、先導すること──そう考える人も多いでしょう。

けれど、今回の教皇選出の背景を見ていて、私はこう思いました。

本当にリードしたいなら、まずその文化に「属すること」から始めなければならないのではないか

この“所属”とは、迎合することでも、自己を捨てることでもありません。
それはむしろ、その文化の“沈黙”を聴きとる力、見えないルールに敬意を払う感受性、そこに宿る美学や知恵に寄り添う知性のこと。

次の教皇がどこの出身であれ、彼はきっと「文化的イタリア人」でしょう。
それは排除の論理ではなく、ローマという都市が歴史を通じて培ってきた「永続するモデル」なのかもしれません。

そして異文化の中で、仕事をし、学び、書こうとしている私たちも案外すでに「文化的イタリア人」の片鱗を持っているのだと思います。■


🔗 参考リンク

NHK国際特集:「秘密投票の舞台裏で何が? コンクラーベ 菊地枢機卿が語る」

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20250515/k10014806361000.html


初出:note、2025年5月17日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n1fad631a8306

カバー画像:サン・ピエトロ大聖堂のクーポラから見たサン・ピエトロ広場(CC BY-SA 3.0, Wikimedia Commons/出典)

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