カバー画像:小林清親《九段坂五月夜》(1880年、木版画)(パブリックドメイン/Wikimedia Commons)

『Pachinko』は2017年にアメリカで出版され、全米図書賞の最終候補となりました。その後、世界で500万部以上を売る作品になります。さらには Apple TV でもドラマ化され大きな反響を得ました。(SHOGUN で大活躍されたアンナ・サワイさんも出てます!)

Pachinko パチンコを視聴 – Apple TV

『Pachinko』を書いた Min Jin Lee の今回の Guardian紙のインタビューを読んでいて、ひとつ強く印象に残った話がありました。

彼女は『Pachinko』を20年かけて書いています。
ただ、最初から私たちが知っている『Pachinko』を書いていたわけではありません。

物語の種が生まれたのは、彼女がまだ大学生だった頃です。日本を訪れていた宣教師から、日本でいじめを受けて自殺した在日コリアンの少年の話を聞きました。Leeはその後、『Motherland』という小説を書き始めます。

当時の彼女には、日本による朝鮮半島の植民地支配や、日本で在日コリアンが受けてきた差別への強い怒りがありました。

しかし、長い時間をかけて書いた原稿を、Lee自身は後に厳しく振り返っています。史実についてはかなり調べていた。それでも作品は「dry」で「angry」だった。怒りが前に出過ぎていて、観念的だったと。

歴史については知っていた。怒る理由もあった。
けれども、それだけでは小説にならなかったのです。

転機になったのは2007年でした。
夫の仕事の都合で東京に住むことになった Lee は、在日コリアンの人たちに話を聞き始めます。街で商売をする人、警備員、Uberの運転手。インタビューによれば、その数は何百人にもなりました。

そこで小説が変わります。

Leeは、自分が作家としてずっとしてきたことについて、こう話しています。

“The thing that I’ve always been able to do is to listen.”
人の話を聞くことです。

ここが面白いと思いました。
Lee は日本について何も知らなかったわけではありません。
むしろ逆です。
彼女は弁護士でもあり、研究者でもあります。何十冊もの研究書を読み、歴史を調べ、自分なりの考えを持っていました。

しかし、日本で実際に暮らし、そこで生きている人たちの話を聞くと、自分が持ってきた物語だけでは足りないことが分かった。

怒りが消えたということではない。
植民地支配も差別も、小説から消えていません。
変わったのはその歴史を見る方法、ということだったのではないでしょうか。

日本という国への怒りから出発した物語に、そこで実際に生きる一人ひとりの人生が入ってきた。歴史について書く小説から、歴史の中を生きる人間を書く小説へ変わっていった。

『Motherland』は、やがて『Pachinko』になりました。そして、この作品の日本での受け止められ方にも、少し考えさせられるものがあります。

『Pachinko』は2017年にアメリカで出版され、全米図書賞の最終候補になり、世界各国へ翻訳されました。
ところが同じ2017年、Lee はインタビューで、日本からはまだ出版のオファーが来ていないと話しています。
舞台の大半が日本なのに。

ようやく日本語版が刊行されたのは2020年でした。文藝春秋の編集担当者さんのインタビューをポッドキャスト番組で聞いたことがあります。本の内容が内容だけにどれほど日本で受け入れられるかは分からず、相当な覚悟で出版に臨んだ、といったことをお話しされていた記憶があります。他の出版社もなかなか手を出しにくかったそう。

在日コリアンと日本の植民地支配という題材が、日本社会にとって長く扱いにくいテーマだったことも事実です。だからこそ、この小説がアメリカから世界へ広がり、あとから日本へ戻ってきたという順番には、少し不思議なものを感じます。

そしてLee自身は、ダイアスポラ diaspora ――故郷を離れ、別の土地で生きる人々――を、韓国人だけの特殊な経験とは考えていません。

こうしたことは世界中で起きてますよね。戦争だけではありません。経済や環境によっても、人はそれまで暮らしていた場所を離れます。自分がもう必要とされない。あるいは歓迎されない。そのとき、人はどうするのか。Lee が描くのは、そこで生き続ける人たちです。

働く。家族をつくる。失敗する。笑う。
それでも日々の生活を続ける。

だから『Pachinko』は韓国と日本についての小説でありながら、それだけでは終わらず世界中で読まれることになったのだと思います。

私はLeeの創作過程を読んでいて、別のことも考えました。遠くへ行くことと、世界を広く見ることは同じではないということ。国境を越えた回数でもない。住んだ国の数でもない。

新しい場所へ行っても、私たちは古い自分をそのまま持っていくことができます。自分がすでに知っている言葉で人を分類し、自分がすでに信じている物語に、目の前の現実を当てはめることもできます。

Leeが東京でしたのは、その反対でした。
すでに長い時間をかけて調べ、考え、書いてきた。
それでも、そこで暮らす人たちの話を今一度聞き、自分が書いてきた物語の方を変えた。

旅や移住によって本当に何かを越えるとすれば、それは国境そのものではない。越えるのがいちばん難しいのは、自分がすでに持っている物語なのだと思います◾️

参考情報

Lisa Allardice, “I thought, if I’m going to die, I’m going to write a book first: Pachinko author Min Jin Lee,” The Guardian, 3 October 2026.

‘I thought, if I’m going to die, I’m going to write a book first’: Pachinko author Min Jin Lee

Min Jin Lee interview, BookDragon / Smithsonian Asian Pacific American Center, 2017.

Author Interview: Min Jin Lee [in Bloom] – BookDragon

文藝春秋『パチンコ』刊行情報、2020年。

『パチンコ 上』ミン・ジン・リー 池田真紀子 | 単行本 – 文藝春秋

ベテラン翻訳編集者がやっと出会った、超ド級の物語【編集者通信】

note


初出:note、2026年10月21日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年11月4日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n76d91e407be7

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