AI時代における「学びと仕事の融合」をめぐって

これまで、企業における「学び」というのは仕事の外側にあるのが常でした。
研修やトレーニングは日常業務とは別に用意され、社員は「学びの場」に出向いてスキルを得てから現場に戻る——そんな構図が長く続いてきました。
実際に私が普段から研修を行うときも、この構図の中で実施することが圧倒的に多いです。経営課題に直結する自社の固有課題に取り組んで学んでもらうときも、どこか「研修」然とした雰囲気がそこにはあり、トレーニングの一環として受け止められることが多いのが普通です。

しかし、マッキンゼーが2025年10月に発表したレポート「The Future of the CLO(Chief Learning Officer)(未来のチーフ・ラーニング・オフィサー)」は、その常識が今後変わっていくべきだと論じます。

「未来の学びは“仕事の外”に存在しない。仕事そのものが学びの場になる」と。


「研修」から「仕事の設計」へ

AIや自動化が急速に進む中で、企業が抱える最大の課題は「スキルの更新速度」ではないでしょうか。
技術も市場も変化が激しすぎて、研修プログラムを設計している間に状況が変わってしまうこともあります。
だからこそ、マッキンゼーは「学びを仕事の中に埋め込む」発想を提示します。

レポートの中心にあるのは、“Work as Learning”——仕事こそが成長の場であるという考え方でした。
日々の業務のなかでリアルタイムに学び、AIがそのプロセスを支援する。
つまり、仕事と学習の境界をなくし、「働きながら進化する組織」をつくることが目的であるとしています。

たとえば、コールセンターではすでにAIがオペレーターの発話を解析し、会話中に最適な対応を提案したり、通話後にフィードバックを返す仕組みが導入されています。
これは単なる効率化ではなく、「仕事をしながら成長する仕組み」そのものといえるのではないでしょうか。


CLOという新しいリーダー像

この変化の中心に立つのが、Chief Learning Officer(CLO)という役職です。
従来、CLOは「研修プログラムを設計・実行する責任者」でした。
しかし、マッキンゼーによれば、これからのCLOは「仕事の設計者(Work Architect)」へと進化するとします。

CLOの使命は、学びを「提供する」ことに留まらず、学びが自然に起きる環境をデザインすることになっていくというのです。
つまり、社員が働くプロセスそのものを、「成長機会として再構築する」ことといえます。

そのために必要なのは、経営戦略・データ分析・テクノロジーのすべてに通じた新しいリーダーシップです。
CLOはもはやHRの一部門長ではないのです。
組織の未来を形づくる「建築家」であり、経営の「哲学者」でもあります。


学びを測る指標の転換

論文の中にもうひとつ、マッキンゼーが示す重要な転換点があります。
それは、学びを「時間」ではなく「成果」で測るという発想です。

従来の研修では、「何時間受講したか」「何人が修了したか」が成果とされてきました。クライアントとのトレーニングプログラム設計においてもこの指標は土台となります。
ですが、これからは、「学びが事業成果にどう貢献したか」「どんなスキル変化をもたらしたか」が問われることになると論じられていました。

たとえば、AIが日常業務データを解析し、社員のスキル成長を可視化する。
学びがリアルタイムで追跡され、組織の成長戦略に組み込まれる。
これにより、「教育」が経営の周縁ではなく中核となっていく。

学びが“戦略的投資”になる時代、本当の意味での人的資本経営 —— CLOが大きな役割を果たす時代になってきた、ともいえます。


哲学としてのCLO

学びが経営の中心に置かれる、というのは、経営陣に新たな役割が追加された、というレベルの話ではないんですね。単なる経営の再編ではないということ。
もっと深いレベルで、「人間とは何か」を問い直す試みでもあるんだと思います。

人は、仕事を通じて変わり、磨かれ、成長する存在です。
仕事の報酬は仕事、より大きな仕事といわれる所以(ゆえん)ですね。

ストア哲学が説くように、困難や責任は私たちを鍛える試練であり、成熟の道でもあります。

仕事のなかに学びと意味を見出す——それが、AI時代の人間的リーダーシップの核心にあるのだと思います。
一部ではこれからは人間がAIの下請けになる時代になるとの警鐘もあります。
人間のためのビジネス社会の構築をどう進めるべきなのか。

CLOとは単に「学びを管理する人」ではありません。
むしろ、「人間の成長をどう定義するか」を組織に問う、現代の哲学者ともいえる存在になっていくはずです。


仕事が学びになる社会へ

CLOの役割の意義が増す潮流はいつものようにアメリカで先行しているようですが、今後は日本企業においても避けられないでしょう。
「座学型の研修」から「仕事を通じて育つ仕組み」への転換が進むはずです。
これはいってみれば、教育改革であると同時に、文化改革でもあると思います。

私たち自分の仕事を「学びの場」として再定義する必要があります。
目の前の課題を、単なるタスクではなく「自分を鍛える機会」として捉えられるかどうか。
そうすれば、日常がそのままリーダーシップ開発の舞台となる。

AIが知を拡張する時代、
人間が本当に磨くべきは、「働きながら学び続ける力」だと思います。
そして、CLOこそ、その未来を導く最初のリーダーになるのだと思います。


(参考:McKinsey & Company “The future of the CLO: Leading in a world of merged work and learning”, October 2025)


初出:note、2025年10月21日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n4ce8c77b7f72 

Cover photo: Open old book with eyeglasses Photo
Vintage eyeglasses on an open old book on a wooden table. 

https://pixabay.com/photos/glasses-book-education-eyeglasses-1052010/