2026年夏、フランスのニュース誌『L’Express』が、かなり珍しい調査を発表しました。
欧州で最も優れた情報機関はどこか?
結果は、英国の対外情報機関 Secret Intelligence Service、いわゆる MI6 が1位。フランスの DGSE が2位、オランダが3位、ウクライナが4位、ドイツが5位でした。
MI6 は251点。DGSEは 169 点です。
フランスのメディアが実施した調査でありながら、英国がかなり大きな差をつけて1位になったことから、英国でも The Guardian、The Times、The Telegraphなどが相次いで取り上げました。
しかし、この調査で興味深いのは、「MI6 が欧州最強だった」という見出しだけではありません。
誰が評価したのか。
何を評価したのか。
そして、なぜ各情報機関がその順位になったのか。
そこまでを見ると、現在の欧州の情報機関が、同業者からどのような能力を評価されているのかが見えてきます。
日本でも2026年7月31日に国家情報会議と国家情報局が発足しました。
インテリジェンス体制そのものへの関心が高まっている現在、この調査は日本から見ても興味深い材料だと思います。国家情報会議設置法は同日施行され、国家情報会議の第1回会合も開催されています。
今回は、私自身の政策論を展開するのではなく、まず L’Express の調査と、その後の英国・欧州での報道から何が明らかになったのかを整理してみたいと思います。
60人の「情報機関のプロ」が、他国の機関を評価した
まず、このランキングがどのように作られたのかを見る必要があります。
L’Expressで防衛・インテリジェンスを担当する Alexandra Saviana によると、調査には 25カ国から60人の情報機関関係者が参加しました。
CIA の元幹部、イスラエルの Mossad 関係者、カナダの情報関係者なども含まれます。
さらに Saviana 自身の説明では、60人のうち 18人が現職または元情報機関トップでした。元CIA欧州・ユーラシア作戦責任者 Ralph Goff、元CIA分析官Susan Miller、元 Mossad 長官 Yossi Cohen など、実名で参加した人物もいます。調査には約3カ月が費やされました。
(なお、Guardian や Civil Service World など一部の英語報道では「17人」と報じられています。ここでは、調査担当者 Saviana 本人が公開している数字である18人を採用します。)
回答者は、自国を除く欧州の情報機関からトップ5を選びました。
1位に5点、2位に4点、3位に3点、4位に2点、5位に1点。
Eurovision Song Contest やサッカーの Ballon d’Or に似た仕組みです。
Saviana によれば、回答者には operations、analysis、human intelligence(HUMINT)などを考慮して選んでもらいました。Civil Service Worldは、L’Expressが示した選考基準を “efficiency and reliability”――実効性と信頼性 と報じています。
つまり、予算や職員数を比較したランキングではありません。
同業者が、自らの経験を踏まえて、
「実際に仕事のできる情報機関はどこか」
「情報を共有する相手として信頼できるのはどこか」
を評価したものと見るのが適切でしょう。
結果は、英国が大差で1位
集計結果は次のようになりました。
順位国・主な情報機関得点
1) 英国・MI6 251
2) フランス・DGSE 169
3) オランダ・AIVD 97
4) ウクライナ 77
5) ドイツ・BND 62
6) スウェーデン 40
7) ノルウェー 34
8) エストニア 27
9) ポーランド 22
10) デンマーク 16
目を引くのは、やはり1位と2位の差です。
MI6 が 251点。DGSE が 169点。
Guardian の取材に対してSaviana 自身も、MI6 が1位になること自体には驚かなかったものの、これほど大きな点差になることには驚いたと話しています。
では、なぜ MI6 はこれほど高く評価されたのでしょうか。
MI6――最も評価されたのは、HUMINT
英国側の追加報道を読むと、評価理由がかなり具体的に見えてきます。
最大の要因として繰り返し挙げられているのが、HUMINT――Human Intelligence、人的情報収集能力です。
Guardian が L’Express の Saviana に直接取材したところ、MI6の高評価は、何世代にもわたって高位の人的情報源をリクルートし、運用してきた実績によるところが大きいと説明されています。技術、通信傍受、衛星監視が情報活動の中で大きな位置を占めるようになった現在でも、MI6 は人的情報を重視しているという評価です。
最初にランキングを報じた Guardian の記事でも、MI6 について、ロシア、中国、イラン、トルコなどの支配層に近い高位情報源の獲得能力が評価されたとされています。
これは、情報機関の役割を考えるうえで重要な点です。
衛星画像などから軍隊の配置を確認することはできます。
公開情報を大量に集めることもできます。
通信を傍受できる場合もあります。
しかし、
「国家指導者は実際に何を決断したのか」
「その決断を知っている人物は誰か」
となると、情報へのアクセスを持つ人間そのものが必要になる場合があります。
MI6 が同業者から高く評価された背景には、この領域での長年の実績があったということになります。
「10年かけて情報源を育てる」
今回の調査を象徴する発言の一つがあります。
元DGSE幹部は L’Express に対して、英国について、
情報源に10年という時間軸で賭けることができる
という趣旨の評価をしています。
Civil Service World もこの証言を紹介しており、Guardian の追加取材でも同じ発言が取り上げられています。
情報源を獲得するというと、秘密情報を持った人物に接触し、すぐに情報を得るような場面を想像しがちです。
実際には、そうとは限りません。
現在はそれほど高い地位にいない人物が、数年後に政府や軍、企業、研究機関などで重要な立場に就く可能性もあります。関係の構築から、本当に重要な情報へのアクセスが生まれるまでに長い時間がかかる場合もあります。
少なくとも今回の調査参加者たちは、この長い時間軸で HUMINT を構築する能力を MI6 の特徴の一つとして認識していることになります。
MI6 の評価には「歴史」も含まれている
Guardian の追加取材で興味深いのは、MI6 の現在の能力だけでなく、長い組織的な実績も高評価の一部になっている点です。
L’Express はその代表例として、冷戦期に KGB 内部の重要な情報源となったOleg Gordievsky を挙げています。
(オレグ・アントノヴィチ・ゴルディエフスキーは、KGB大佐で、KGBロンドン駐在員兼支局長を務めた英国のスパイでした。 ゴルディエフスキーは二重スパイであり、1974年から1985年まで英国秘密情報部(SSI)に情報を提供していました)
一方で、MI6 の歴史が成功だけだったわけではありません。
2003年のイラク戦争をめぐっては、大量破壊兵器に関する不正確な情報を扱ったことが大きな問題になりました。Guardian は今回の記事の中でも、この時期をMI6にとっての「low point」と位置付けています。
つまり、今回のランキングは「MI6 は常に正しかった」という評価ではありません。
むしろ、過去の大きな失敗を含みながらも、現在の情報コミュニティの中では高い評価を回復している、と見る方が正確でしょう。
ウクライナ侵攻前の判断も、MI6 の評価を押し上げた
その評価回復で大きかったとされるのが、2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻です。
L’Expressは、MI6 と CIA が侵攻前にロシアが実際に攻撃へ向かっていると警告した一方、フランスやドイツの情報機関は直前まで懐疑的だったことを、MI6 の評価材料として取り上げています。
元CIA欧州・ユーラシア作戦責任者 Ralph Goff も L’Expressに対し、ウクライナに関しては英国が先行しており、米国がそのすぐ後ろにいるという趣旨の評価をしています。
ここで注意したいのは、各国が全く違う軍事情報を見ていたとは限らないことです。
重要なのは、集めた情報から何を判断したかです。
同じ軍の展開を見ても、「威圧のための展開」と読むのか、「実際の全面侵攻準備」と読むのか。
情報収集だけでなく、分析と評価の能力もインテリジェンスの一部であることを、この事例は示しています。
Five Eyes も、MI6 の評価と切り離せない
もう一つ、英国の評価を理解するうえで欠かせないのが、米国との関係です。
MI6 は単独で存在しているわけではありません。
英国、米国、カナダ、オーストラリア、ニュージーランドによる Five Eyes という情報共有ネットワークがあります。
Guardian の追加取材で Saviana は、この Five Eyes について、大陸欧州の情報機関にとって羨望の対象になっていると説明しています。
実際、今回の L’Express 調査に参加した元CIA関係者 Sean Wiswesser も、自身が英国を1位に置いた理由について、米英関係と Five Eyes を明示しています。彼は同時に、英国にはロシアへの継続的な注力と世界規模で活動できる能力があると評価しています。
したがって、MI6 の251点を、
MI6という一組織だけの能力
として読むのは少し単純です。高い HUMINT 能力に加え、CIA や GCHQ を含む強力な情報ネットワークの中でどの位置を占めているかも、同業者からの評価に影響していると考える方が、調査参加者の発言に沿っています。
Guardian 自身も、SIGINT を担う GCHQ が今回のランキング対象になっていないため、本来なら英国の情報能力への評価がさらに分散していた可能性を指摘しています。
2位のフランス DGSE は、どう評価されたのか
2位となったDGSEも、169点という高い評価を得ています。
L’Express を紹介したGuardianによれば、DGSEは特に世界規模の活動能力と operation capability(運用能力 )を評価されています。
ポーランドの情報関係者 L’Expressに対し、DGSE について、大陸欧州ではほぼ唯一世界規模で活動できる機関であり、technical collection、HUMINT、operational actionを組み合わせる能力を持つという趣旨の評価をしています。
特にcounter-terrorism やアフリカ・中東などでの活動能力について高い評価があります。
つまり、今回の調査を単純な、
「英国の勝利、フランスの敗北」
として読むべきではなさそうです。
むしろ調査から浮かび上がるのは、両国の強みの違いです。
MI6 については、長期的な HUMINT や人的情報源、Five Eyes を含むネットワークが繰り返し評価されています。
DGSE については、世界各地で技術情報、人的情報、実際の operation を組み合わせられる能力が評価されています。
同じ「対外情報機関」でも、評価される能力は同じではありません。
むしろ意外なのは、3位オランダかもしれない
今回のランキングで個人的に最も意外性があるのは、オランダの3位です。
AIVDは97点。
英国やフランスほどの国力や世界展開を持たないオランダが、ドイツを大きく上回りました。
L’Express が公開した説明では、オランダの情報機関について、サイバー分野での能力に加え、他国の情報機関から得ている高い信頼が紹介されています。
元ポルトガル情報機関トップ Jorge Silva Carvalho は、オランダについて、投資に対するリターンが非常に高く、失敗が少なく、信頼できるという趣旨の評価をしています。
また、オランダは欧州の counter-terrorism 情報協力におけるハブの役割も果たしており、L’Express はこれを “intelligence diplomacy” という言葉で説明しています。
ここから少なくとも言えるのは、今回の同業者評価では、
国家や情報機関の規模だけが高評価を決めているわけではない
ということです。
もし予算や人数、国家規模だけで順位が決まるのであれば、オランダが3位に入ることは説明しにくい。
情報の質だけでなく、他国とどのような情報関係を築いているかも、情報機関の評価を構成していることがうかがえます。
4位ウクライナ――戦争の中で急速に変化した情報機関
ウクライナが77点 で 4位 に入ったことも注目されます。
今回の調査に回答したWiswesser は、自分自身がウクライナを特に高く評価した一人だったことを明らかにしています。
その理由として挙げているのが、
wartime experience(戦時中の経験)
innovation(イノベーション)
operational success(作戦上の成功)
そしてリスクを取る姿勢です。
Wiswesser は、ウクライナの情報機関が非常に短期間で大きな進歩を遂げたと評価しています。
MI6 が100年以上の組織的蓄積によって評価されているとすれば、ウクライナは戦争という極端な環境の中で急速に変化した能力によって評価されている。
この対比も、今回のランキングの興味深いところです。
5位ドイツには、かなり厳しい見方もある
ドイツの BND は62点で5位でした。
しかし、この順位については異論もあります。
取材に答えたエストニアの安全保障専門家 Meelis Oidsalu は、BND
について、予算規模の大きさに比して自前の情報収集能力には課題があるとかなり厳しく評価しています。
彼はまた、ロシアによるウクライナ全面侵攻前にドイツ側が侵攻しないとの判断をしていたことも問題として挙げています。
つまり、ランキング上位だからといって、その評価に情報コミュニティ全体が一致しているわけではありません。
これも、この調査を見る際に重要な留保です。
8位エストニアが評価された理由
エストニアは27点で8位です。
国家規模を考えれば、これも興味深い結果です。
L’Expressでは、エストニアの cyber capabilities、open-source intelligence、そしてロシアに関する分析能力 が評価されています。
特にエストニア対外情報局が毎年発表するロシア情勢の分析は高く評価されていると紹介しています。
ここでも、オランダと同じことが見えてきます。
情報機関の評価は必ずしも国家規模とは一致しません。
特定領域で他国から必要とされる能力を持つことも、一つの強みになります。
ただし、このランキングには明確な限界がある
ここまで読むと、ランキングそのものに大きな意味があるように見えます。
しかし、調査の限界も押さえておく必要があります。
ERR(エストニア公共放送(Estonian Public Broadcasting))の取材に対してOidsaluは、今回のランキングを reputation survey――評判調査と捉えるべきだと指摘しています。
回答者は60人。
情報機関という閉じた世界でこれだけの実務家から回答を集めたこと自体は珍しい一方、統計調査として考えれば大きな標本ではありません。誰がどの国の情報機関と仕事をした経験があるかによって、評価が左右される可能性もあります。
さらに Oidsalu は、もう一つ重要な問題を指摘しています。
情報機関の「顧客」の評価が入っていないことです。
首相や大統領、外相、国防相、軍など、実際にインテリジェンスを政策判断に利用する人たちが、この調査には含まれていません。情報機関の専門家から見れば高度なoperationであっても、それが政策決定者にとって有用な情報だったとは限らない。
したがって、このランキングは、
「欧州各国のインテリジェンス能力を客観的に測定したランキング」
として扱うべきではありません。
正確には、
「25カ国60人の情報機関関係者が、他国の情報機関の実効性・信頼性などをどう評価しているかを可視化した調査」
です。
この違いを理解したうえで読む必要があります。
それでも、この調査から見えてくるもの
限界を踏まえても、この調査はかなり興味深いものです。
なぜなら、普段は外からほとんど見えない情報機関について、実際にその世界で仕事をしてきた人たちが、何を評価しているのか が少し見えるからです。
しかも、上位機関の評価理由は一様ではありません。
英国の MI6 は、長期的な HUMINT、高位情報源、米国・Five Eyes との関係。
フランスの DGSE は、世界規模の展開力と technical、human、operational capabilities の組み合わせ。
オランダは、サイバー能力と高い信頼性、intelligence diplomacy。
ウクライナは、戦時下での急速な適応と operation 能力。
エストニアは、サイバー、OSINT、ロシア分析。
そしてドイツには、大きな能力を持ちながらも収集・判断面への厳しい評価もある。
「優れた情報機関」と呼ばれるための一つの型があるわけではないことが分かります。
そして、日本
この調査が出た2026年夏、日本でもインテリジェンス体制が大きく変わりました。
2026年7月31日、国家情報会議設置法が施行され、内閣に国家情報会議、内閣官房に国家情報局が置かれました。国家情報会議は政府のインテリジェンス活動の司令塔となる閣僚級会議として位置付けられ、同日、第1回会議が開催されています。
国家情報局には局長、次長のほか、特定の地域・分野について高度な分析を担う内閣情報分析官、分析部などが置かれています。
ただし、現在の国家情報局と、英国のMI6のような対外HUMINT機関を同一視することはできません。
国家情報局は政府全体の重要情報活動について企画・調整し、関係機関から提供された情報を総合・整理する司令塔機能を担います。法律にもその任務が明記されています。
一方、独立した対外情報機関をどうするかについては、国会でも引き続き議論されています。
今回の L’Express 調査を、そのまま日本への政策提言として読む必要はないと思います。英国、フランス、オランダ、ウクライナ、エストニアでは、置かれている環境も歴史も、情報機関に求められている役割も違います。
ただ、日本がこれから自国のインテリジェンス能力を考えるうえで、今回の調査が興味深い比較材料になることは確かでしょう。
特に印象に残るのは、L’Express が評価の軸として掲げた二つの言葉です。
Efficiency and reliability. 実効性と信頼性。
そして今回のランキングを見る限り、信頼性とは単に「情報が漏れない」という意味だけではなさそうです。
必要な情報を得る能力がある。
分析する能力がある。
他国と協力できる。
そして、他国の情報機関から「この相手とは仕事ができる」と思われる。
そうした複数の要素が、情報機関としての評価につながっています。
日本で新しい組織がどのような形になるのかを考える際にも、組織の名称や規模だけでなく、
日本の情報機関は、国際的な情報コミュニティの中で何によって評価される存在になるのか。
という問いは、これから長く残るのではないでしょうか。■
主な参照資料
L’Express調査担当者 Alexandra Savianaによる調査方法の説明
60人、25カ国、18人の現・元情報機関トップ、約3カ月の調査、自国への投票禁止、operations・analysis・HUMINTなどの評価項目について本人が説明。
Etienne Girard(L’Express副編集長)による特集の説明
特集が27ページに及び、情報機関実務家のみをjuryとした企画であることを説明。
The Guardian, “The Bond effect? How MI6 fascinates spy watchers around the world”, 8 August 2026
L’ExpressのAlexandra Savianaへの追加取材。MI6のHUMINT、10年単位の情報源育成、Five Eyes、冷戦期からのreputation、イラク戦争時の失敗、ウクライナ侵攻前の評価などを検討。
The Guardian, “MI6 is top European foreign intelligence service, peer review finds”, 4 August 2026
MI6、DGSEなど上位機関の評価理由を紹介。
Civil Service World, “MI6 ranked as Europe’s best foreign intelligence service”, 5 August 2026
調査の配点方法、efficiency and reliabilityという基準、トップ10の得点を掲載。
ERR / Estonian Public Broadcasting, “French newspaper ranks Estonian intelligence eighth in Europe”
エストニアでの評価理由に加え、調査をreputation surveyとして読む必要、標本数、政策利用者が評価に含まれないことなど、ランキングの限界を検討。
Sean Wiswesser(元CIA関係者)による調査参加者としての説明
英国を高く評価した理由として米英関係・Five Eyesを、ウクライナを高く評価した理由としてwartime adaptation、innovation、operational successなどを説明。
内閣官房「国家情報会議・国家情報局」ほか政府・国会資料
2026年7月31日に施行された制度、国家情報会議・国家情報局の役割と組織について確認。
初出:note、2026年8月12日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/ncbf83cc24dc8