小説を書こうとすると、学びたいことが次々に出てきます。

プロットはどう作るのか。
人物をどう描くのか。
冒頭でどう読者をつかむのか。
創作について知れば知るほど、自分も少しずつ「書ける人」に近づいているような気がします。

けれど、ジョン・ル・カレは、そこに少し冷たい水を浴びせます。

2020年11月24日。『寒い国から帰ってきたスパイ』などで知られるル・カレは、本名のDavid Cornwellとして、一人の知人に手紙を書きました。

相手は、退職後に何かを書こうとしていたようです。テレビなのか、小説なのか、ラジオ劇なのか、自伝なのか。いくつもの可能性について、ル・カレに助言を求めました。

[画像省略:出典 https://www.instagram.com/p/DcROJelOBPC/?igsi=aGtxZjZpZ3UzbGpm]

返事は、こう始まります。

“you have had too much advice.”
あなたは、もう助言を受けすぎている。

そして、テレビ、小説、ラジオ、自伝のうち、「あなたの年齢なら、一つだけを試した方がいい」と続けます。

少し厳しい。しかし、これは書くことについての大事な指摘だと思います。

創作の方法はいくらでも学べます。
本を読むことも、次の講座を見ることもできる。
けれど、方法を増やすことと、作品を作ることは同じではありません。

どこかで選ばなければならない。
そして、書き始めなければならない。
では、どう書けばいいのか。
ここでル・カレは、驚くほど簡単なことを言います。

“writing is not a different state.”
書くことは、何か特別な状態になることではない。

続く一文が、とてもいい。

“Writing is about talking to a friend across the fire and keeping him interested.”
書くとは、暖炉の向こうにいる友人に話しかけ、その人を退屈させないことだ。

作家らしく書け、などとは言いません。
文学的に書け、とも言わない。

目の前に一人の人がいる。その人に話をして、「それで、どうなったの?」と続きを聞いてもらう。

それが書くことだというのです。

しかもル・カレは、もう一言付け加えます。

“Or, if you prefer, keeping you both interested.”
相手だけではありません。
自分も面白がっていなければならない。

暖炉を挟んで、書き手と読み手がいる。
そのどちらも火のそばから立ち去らないようにする。

ずいぶん具体的な文章論です。そして、ル・カレっぽいアドバイスです。

もう一つ、ル・カレは「何を書くか」についても助言しています。

自分の心に最も近い素材は、おそらく自伝的なものだろう。それをフィクションにするか、回想録として書くかは、自分で決めればいい、と。

ここでも彼は、大げさな題材を探せとは言いません。
まず、自分にとって切実なものを書く。

ル・カレ自身も、英国の情報機関で働いた経験をそのまま記録するのではなく、スパイ小説へと変えていきました。

しかし、この手紙で最も厳しい言葉は、その先にあります。

“unfinished work is of no value.”
未完成の作品には価値がない。

そして念を押します。

“Not mine, not yours.”
私のものでも、あなたのものでも同じだ。

未完成の過程に意味がない、と言っているわけではないと思います。考え、迷い、書き直す時間は当然必要です。ただし、それはまだ「作品」ではない。

ル・カレは続けます。

“People send me first chapters galore.  
But it’s the last chapter that makes a novel.”
第一章なら、みんな山ほど送ってくる。
しかし、小説を小説にするのは、最後の章なのだ。

これは、私にもそうですが、創作をする人にはかなり痛い言葉ですよね。

アイデアがある。
人物も考えた。
冒頭も書いた。
創作論もかなり読んだ。
それでも、最後の章がなければ、小説にはならない。

しかも準備には終わりがありません。
もっと学んでから、もっと考えてから、もっと上手くなってから――そう言っていれば、いつまでも始めずにすみます。

だから、創作について学ぶこと自体が、ときには書かないための、とても洗練された逃げ道にもなります。
私も常々反省しています。

ル・カレの手紙が強いのは、創作を神秘化しないところです。

一つを選ぶ。
一人の相手に話すように書く。
自分も相手も退屈させない。
そして、最後まで行く。

創作論の本を何冊読んだかではありません。
第一章がどれほど素晴らしいかでもない。

最後に残る基準は、驚くほど単純です。
最後の章を書いたか。

小説を小説にするのは、最後の章だということです。◾️

参考情報

David Cornwell (John le Carré), letter to David Ticehurst, 24 November 2020.


初出:note、2026年8月30日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文に掲載されている第三者の画像は、権利上の理由により本アーカイブでは省略しています。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n171146178d76

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