年を取るとは、若いころの自分から少しずつ能力を失っていくことなのでしょうか。
最近、Guardian紙、でオーストラリアの医師・科学ジャーナリストのNorman Swan博士のインタビューを読みました。新著『The Brain Cliff』で、脳の老化について書いています。
彼が最初に言うのは、意外にも単純なことです。
「認知機能の低下ではなく、認知機能の変化と考えよう」
40代や50代になって、20代のころより名前がすぐに出てこなくなった。頭の回転も少し遅くなった。私も日々感じます。そこで私たちはすぐに、「衰えた」と考えます。
しかしSwanによれば、その比較自体がおかしい。
確かに、素早く情報を処理したり、新しい問題を解いたりする「流動性知能」は、若いころの方が強い。
その一方で、知識や経験を使って考える「結晶性知能」は、年齢とともに伸びることがある。つまり、50歳の脳は20歳の脳の性能が落ちたものではありません。
違うことが得意になった脳なのです。
ここでSwanが紹介するのが、脳の「scaffolding」という考え方です。Scaffoldingとは、建物を支える「足場」のことです。
年を取れば、脳にも変化が起きます。それでも脳は、別の神経回路を使いながら機能を補おうとします。実際、認知老化の研究には「Scaffolding Theory of Aging and Cognition」という理論があります。
古くなった建物を、そのまま放置するのではない。
必要な場所に、新しい足場を組む。
人間の脳には、そんな適応能力があるというのです。
だからSwanは、運動をすること、新しいことを学ぶこと、人とつながること、ストレスをいつまでも反芻しないことなどを勧めています。
面白いのは、「ぼんやりすること」まで挙げていることです。何もしていないように見えるときも、脳は止まっていません。過去を思い出したり、未来を想像したり、関係のなかったもの同士を結びつけたりしています。
Swanはこれを「mental time travel」(メンタル・タイムトラベル)と呼びます。
過去へ戻る。
現在に立つ。
未来を想像する。
特に中年には、その三つを行き来するだけの材料があります。若いころには、まだ過去がそれほどありません。ずっと年を取れば、今度は過去の比重が大きくなる。
その間にいる人には、過去の経験を使いながら、まだ長い未来を想像できる時期がある。私はここが、この話のいちばん面白いところだと思いました。
Swanは「引退するな」とも言います。
ただし、会社を辞めるなという意味ではありません。
仕事を辞めても、ボランティアをする。新しい技能を学ぶ。人と会う。何かを作る。
それなら、彼の意味では本当には引退していません。
危ないのは、世界との関係まで切ってしまうことです。
仕事を終え、ソファに座り、Netflixだけを見る生活をSwanはかなり手厳しく批判しています。
もちろん、彼の主張をすべてそのまま科学的事実として受け取る必要はありません。
たとえば、「ぼんやりすること」が認知症を防ぐと証明されたわけではありません。Swan自身も、mind wandering (ぼんやりすること)は脳に良い「ように見える」、mental time travel はscaffoldingを促す「ようだ」と慎重な表現を使っています。
遺伝の影響についても、彼はかなり強く言い切っています。認知症やアルツハイマー病については、遺伝的要因が重要であることもわかっています。
それでも、この記事には残るものがあります。
それは健康法ではありません。
老いることを、若い自分からの減点方式で考えなくてもいいということです。
若いころの知性には、速さがあります。
年齢を重ねた知性には、別の可能性があります。
似た出来事を思い出す。
違いに気づく。
過去と現在をつなぐ。
相手の事情を想像する。
そして、まだ起きていない未来について判断する。
これは、単純な処理速度とは違う能力です。
私たちは長い間、「速い頭」を頭の良さだと考えてきたのかもしれません。
しかし、人間の知性にはもう一つあります。
たくさんのものを結びつける知性です。年齢を取れば、それが自動的に手に入るわけではありません。経験しただけで賢くなるわけでもない。
だからこそ、学び続ける。
人と関わり続ける。考え続ける。
そして、過去を材料にしながら未来を想像する。
老いるとは、若い自分の劣化版になることではないということだと思います。
速さから、統合へ。
そう考えると、年を取るということの景色は、少し違って見えてきます。◾️
参考資料
The Guardian, “Let your mind wander, don’t retire and stop worrying: surprising ways to help save your brain from the cognitive cliff”, September 2026.
Patricia A. Reuter-Lorenz & Denise C. Park, “How does it STAC up? Revisiting the scaffolding theory of aging and cognition”, Neuropsychology Review, 2014.
Patricia A. Reuter-Lorenz & Denise C. Park, “Cognitive aging and the life course: A new look at the Scaffolding theory”, Current Opinion in Psychology, 2024.
Originally published on note on 2026-09-11 23:02:17 JST.