8月にこんな時間割を見ると、少し仕事を休みたくなります。
先日 Instagram で流れてきたのは、『007』シリーズを書いたイアン・フレミングの一日の過ごし方でした。
場所はジャマイカ。
海辺に建てた自邸、通称、GoldenEyeです。
[参照: https://www.architecturaldigest.com/gallery/hotels-goldeneye-slideshow-042000 ]
朝起きたら海で泳ぐ。
庭でスクランブルエッグを食べる。
タイプライターに向かう。
昼にはシュノーケリングをして、ランチ。
午後は昼寝。
また泳ぐ。
夕方に少しだけ書く。
夜は妻のアンと夕食をとり、スクラブルをして、10時には寝る。
小学生の夏休みの計画表に、「小説を書く」が混ざったような一日です。
投稿で紹介されていた時間割は、こんなものでした。
[参照: https://www.instagram.com/p/DcCHGxVn-LX/ ]
7:30 起床。海で泳ぐ。朝食はスクランブルエッグ。庭で過ごす
10:00 約1,500語を書く
12:15 湾でシュノーケリング。ロブスターを探してランチ
14:30–16:00 昼寝
16:00 庭で過ごして、もう一度泳ぐ
17:00 さらに約500語を書く
19:00 妻アンと夕食、スクラブル
22:00 就寝
これだけ見ると、
「ジャマイカに家があれば、私にも一冊くらい書けるのではないか」
と思ってしまいます。
もちろん、本当に面白いのはここからです。
本人が語った時間割は、もう少し地味だった
フレミング自身が1962年、オックスフォードの学生を前に語った執筆法が残っています。
そこで彼が説明している時間は、Instagram版とは少し違います。
9:30–12:30 執筆
18:00–19:00 もう一度執筆
合計4時間。
目標は一日約2,000語でした。
4時間書き終えると、ページに番号を振り、spring-back folderという綴じ具にしまう。それでその日の仕事は終わりです。
妙に具体的です。
さらに独特なのは、書いた文章をその場ではほとんど直さなかったこと。
前の日に書いた文章を読み返さない。
適切な単語が思いつかなくても止まらない。
綴りが怪しくても、事実確認が必要でも、とりあえず先へ進む。
本人の説明では、一日2,000語をこのやり方で積み上げると、約六週間で一冊ができました。完成してから一週間ほどかけて、大きな間違いや気になる箇所を直していたそうです。
そして出版社に送る。
すると後になって読者から、
香水のメーカーが違う。
オリエント急行のブレーキの方式が違う。
アスパラガスに合わせるソースが違う。
そんな手紙が届く。
フレミング自身が、そんな失敗まで笑い話として紹介しています。
完璧にしてから前へ進む人ではなかったんですよね。
GoldenEyeは、休暇先であり仕事場だった
ただ、私がいちばん気になるのは「一日2,000語」という数字ではありません。
なぜ、毎年ジャマイカまで行って書いたのか、です。
GoldenEyeは、もともと荒れた土地にあったといいます。
フレミングは1946年、ジャマイカのオラカベッサ湾にあった約15エーカーの土地を手に入れ、自分で家の構想を描きました。そこで毎年数か月を過ごすようになります。
1952年には、ここで最初のボンド小説『カジノ・ロワイヤル』を書き始めました。
そして作品が成功すると、ひとつの年間リズムができあがります。
クリスマスが終わる。
GoldenEyeへ行く。
1月と2月で一本書く。
3月になったら原稿を送る。
フレミング自身が、「毎シーズン、クリスマス休暇のあとGoldenEyeへ向かい、二か月でBondを書き、3月には郵送する」という趣旨で説明しています。
そして翌年、また戻ってくる。
現在なら「集中執筆合宿」とでも呼べるかもしれません。
でも、その言葉では少し味気ない。
ここには海があります。
庭があります。
泳ぐ時間があります。
昼寝があります。
妻との食事があります。
そして、その間にタイプライターがあります。
仕事をするために生活を消してしまうのではなく、生活の中に仕事が置かれている。フレミングの時間割を眺めていると、そこが妙に新鮮です。
「怠け者」が毎年一冊書いた
さらに面白いことに、フレミングは1962年の講演で、自分のことを「lazy」と呼んでいます。「多分あなたたちより怠け者だ」と。
これは謙遜だけでもなさそうです。
何百枚もの白紙を前にすると、彼自身も気が重くなった。
だから、毎朝9時半から始める。
昼にはやめる。
夕方にもう一時間だけ戻る。
気分に任せず、量を決める。
そして六週間たったら終わらせる。
「怠け者だから猛烈に働いた」という話ではないんですよね。
むしろ逆。
自分が四六時中努力できる人間ではないと知っていたから、努力しなくても続く形をつくった。
しかも、この速さはGoldenEyeで突然身についたものでもありません。
フレミングは20代のころReutersで記者として働いています。500本以上の訃報原稿の更新から始まり、オーストリアの自動車競技、そしてスターリン時代のモスクワで行われた英国人技術者の裁判まで取材しました。締切のなかで文章を出す仕事です。
本人によれば、Reutersで身についたのは、飾りすぎない文章と「速く、正確に書く」習慣でした。間違えれば、それで終わり。
新聞記者として身体に入った速度が、何十年か後、ジャマイカのタイプライターの前でも生きていたのでしょう。
こうして見ると、GoldenEyeで起きていたことは、単なる優雅な作家生活ではありません。
海辺の別荘。
泳ぐ作家。
昼寝。
カクテル。
この部分だけを切り取れば、確かに夢のよう。
でも、その下にはReutersがあります。
締切があります。
毎日2,000語があります。
六週間で終えるという約束があります。
表面は夏休み。中身は職人です。
私は、この組み合わせが好きです。
一日を仕事だけにしなくてもいい
創作する人の生活について読むと、たいてい「何時間働いたか」が気になります。
朝4時に起きた。
一日8時間書いた。
誰にも会わなかった。
SNSをやめた。
もちろん、そういう方法もあるのでしょう。
でも、フレミングの一日は少し違います。
泳いでいる。
食べている。
寝ている。
遊んでいる。
それでも書くべきものは書いている。
もしかすると、私たちは「良い仕事をする日」と「良い一日」を別々に考えすぎているのかもしれません。
仕事が充実すれば生活が犠牲になり、生活を楽しめば仕事が進まない。
本当にそうでしょうか。
GoldenEyeの時間割には、その二つが同居しているように見えます。
フレミングは1964年、56歳で亡くなっています。晩年は健康を大きく損なっていました。
だからこれは、「フレミングの生活を真似すれば成功する」という話ではありません。でも生活と仕事が無理なく織られているところは見習いたい。
仕事だけではない時間割を。
泳ぐ場所がなくてもいい。
ジャマイカでなくてもいい。
庭がなくてもいい。
一日のどこかに、読む時間、歩く時間、昼寝する時間、何かを書く時間を置いてみる。
GoldenEyeとは、豪華な別荘の名前だけではなかったのかもしれません。
毎年そこへ戻れば、自分が書く人間に戻れる場所。
そう考えると、私たちも持つべきは自分なりの、GoldenEyeなのかもしれません。◾️
参考資料
Ian Fleming, “The Art, or Craft, of Writing Thrillers”(Oxfordで1962年5月に行った講演)。Ian Fleming Publicationsが2026年に “How To Write A Book By Ian Fleming” として抜粋公開。
Ian Fleming Publications, “Meet the Man”。GoldenEyeの来歴、『Casino Royale』執筆、毎年1〜2月にBondを書き3月に原稿を送る年間リズムなど。
Tom Cull, “The Story Behind: Ian Fleming The Journalist”, Ian Fleming Publications。Reuters時代の仕事と、そこで身につけた速く正確に書く習慣について。
冒頭の時間割はVacationeeのInstagram投稿で紹介されていたもので、フレミング自身が1962年に説明した時間割とは一部異なるため、本文では両者を区別しました。
初出:note、2026年8月19日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nc3fa56adce40