最近、情報収集の仕方を少し変えました。
AI に世界中のニュースや論文、Substackの記事を観察させて、そのまとめを読むようになりました。
そのあと、「今日は何が本当に重要なのか」を一人で考えます。
気になった記事があれば、AI に分析を聞きます。
「この筆者の主張の弱点は何でしょうか」
「過去の出来事と比較するとどうでしょうか」
「私が以前書いたテーマとつながるものはありますか」
そんな対話を重ねながら、一つずつ理解を深めていきます。価値があると思ったものは、AI につなげてあるNotionに保存させます。ニュースとして消費するのではなく、自分の知識として蓄積するためです。
私は AI に文章を書かせるためではなく、
世界を観察するためのパートナー
として付き合っています。
そんな折、7/21に Substack が発表した新機能は、とても興味深く感じました。
[画像省略:出典 https://support.substack.com/hc/en-us/articles/50891130623508-How-can-I-detect-AI-on-Substack]
読者が記事をAIが書いた可能性を確認できる「AI Detection」を導入するというのです。
Substackは、この問題を「Claudefishing」と呼んでいます。
※ Claudeという AI と、ネット上で別人を装う「catfishing」を組み合わせた造語で、AI が作った文章や人格を、あたかも一人の人間が考え、感じたものとして読者に届けること。
Substack が問題にしているのは、AIそのものではありません。
読者との信頼を偽ることです。
その考え方には共感します。
ただ、私はこの記事を読んで、別のことを考えていました。
AI時代、「自分で書いた」とは、いったい何を意味するのでしょうか。
AI は文章を書くことができます。
要約もできますし、構成も考えてくれます。
以前なら何時間もかかった作業が、数分で終わることも珍しくありません。
では、AI を使った瞬間に、その文章は「自分で書いた」とは言えなくなるのでしょうか。
私は、そうは思いません。
なぜなら、たとえば私が毎朝 AI とやっている仕事の本質は、文章を書くことではないからです。
世界の動きを観察すること。
その中から意味のある変化を見つけること。
過去の読書や仕事の経験と結びつけること。
そして、「本当に伝えたいことは何か」を考え続けること。
そこに一番時間を使っています。
AIは情報を集めることは得意です。
でも、「なぜこのニュースが気になるのか」は教えてくれません。
十年前に読んだ本と、今日の記事がどうつながるのかも分かりません。
それは私自身が考え、判断するしかありません。
私は、AI 時代の著者には
四つの役割
が残ると思っています。
問いを立てること。
経験を持ち込むこと。
判断すること。
そして、責任を負うこと。
AIは候補をいくつも出してくれます。
でも、その中から何を採用し、何を捨てるかを決めるのは人間です。
公開した文章に誤りがあれば、「AI がそう書いた」と言い訳することもできません。
自分の名前で発信する以上、その責任は自分にあります。
私はこれからも AI を使い続けると思います。
観察を任せることもあるでしょう。
論点を整理してもらうこともあります。
Notion に知識を蓄積し、自分だけのアーカイブを育てていくことも続けます。
でも、それは「AI に代わりに考えてもらう」ためではありません。
むしろ逆です。
AI によって情報収集や整理が速くなったからこそ、人間にはより大切な仕事が残りました。
何を問いにするのか。
何を信じるのか。
何を残し、何を捨てるのか。
そして、その言葉に責任を持てるのか。
AI 時代の著者とは、文章を最初に生成した人ではありません。
問いを育て、その言葉に責任を持つ人なのだと思います。■
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初出:note、2026年7月25日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文に掲載されている第三者の画像は、権利上の理由により本アーカイブでは省略しています。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n695d8190b26f