カバー画像:ナンニ・ディ・バンコ、オルサンミケーレ(フィレンツェ)の石工・木工組合の壁龕の台座浮彫、撮影 Armin Kleiner(CC BY-SA 4.0/出典)
1960年代のロンドン。
少年だったサイモン・ウォラックは、二階建てバスの最前列から街を眺めるのが好きでした。
バスは、豊かな住宅街を抜け、戦争の傷跡が残る地域を通ります。キルバーン街では窓が割れ、壁紙の剝がれた家が並んでいました。運河を越えると、今度はまた手入れされた庭のある住宅街が続きます。
一枚のバスの切符で、貧困から豊かさへ、苦しさから快適さへと移動できてしまう。その落差に、彼は戸惑い、悲しみました。
キルバーンの古い家も、修理し、手入れすれば、ほかの地域の家と同じように美しく、住み心地のよい場所になるのに。ところが都市開発によって多くの住宅が取り壊され、高層建築や駐車場に置き換えられていきました。
なぜ片方は大切にされ、もう片方は廃れていくのか。
少年時代に抱いたその疑問は、やがてウォラックを文化財の修復へと導きました。ルネサンス史を学んだ後、ローマの文化財保存機関を訪ねました。そこで建築家バーナード・フィールデン* から、意外な助言を受けます。
歴史を学んだのなら、次は石工になりなさい。
文化財保存には、専門家の知識と職人の技術をつなぐ人が必要なのだから。
* バーナード・フィールデン = 歴史的建造物の修復や文化的遺産の保存において世界的な権威として活躍した、イギリスの著名な保存建築家(コンサベーション・アーキテクト)です。現代の文化財保存の基礎を築いた先駆者の一人であり、その多大な功績から1985年にナイトの爵位を授与されました。
そこでウォラックはロンドンに戻り、石工の訓練校に入りました。最初の課題は、荒い石の塊を手で削り、正確な四角形にすること。ひと月かかりました。
ある日、作業中の石が真っ二つに割れました。途方に暮れる彼のところへ、師匠がやって来てこう言います。
二日前から、お前がそうするのを待っていたんだ
石には割れやすい方向があります。
ウォラックはそれを知らず、弱い方向に力を加え続けていたのです。
なぜ先に教えてくれなかったのですか。
師匠は笑いました。
これでもう二度と同じ失敗はしないだろう。
ウォラックは、この出来事を40年以上たっても覚えていると書いています。後にレバノンで石工を教える立場になったとき、自分も師匠から学んだ方法で弟子に伝えたといいます。
彼は年月を経て、自分の仕事の意味が変わったことも振り返っています。石を修復する職人から、技術を教える人へ。さらに、材料だけでなく知識と伝統を次の世代へ託す人へ。
建物を修復すれば、石は残ります。
図面や作業記録も保存できるでしょう。
けれど、石の弱い筋をどう見分けるか。
のみを当てたとき、手に伝わる感触をどう読むか。
失敗した弟子に、いつ声をかけるか。
そうした知識は、記録だけでは十分に伝わらないのだと思います。ウォラックの師匠が残したのは、割れた石ではありませんでした。次の石を前にしたとき、どう手を動かすかという体験です。
文化財を未来へ渡す。
よく聞く言葉です。でも深い言葉です。
これは石だけでなく、その石に次に触れる人を育てろ、未来へつなげ、ということなのだと思います。◾️
※本文中の会話は、原典に記されたやり取りをもとに、趣旨が伝わるよう日本語で再構成しています。
参考情報
原典:Simon Warrack, “On Finding the Beauty in a Block of Stone,” Literary Hub, 2026年9月21日。著書 Monumental: A Stonemason’s Tale からの公開抜粋。
On Finding the Beauty in a Block of Stone
初出:note、2026年10月17日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月24日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/n2f8a29c7a874