― マッキンゼー が示す、組織のストレスを“代謝”するリーダーシップ
組織変革の場面では、よく「抵抗」という言葉が使われます。
新しい方針に乗ってこない人。
会議で黙る人。
リスクばかり指摘する人。
決断を先延ばしする人。
過去のやり方にこだわる人。
こうした反応を見ると、私たちはつい「変化に抵抗している」と考えます。
しかし、それは少し粗い見方かもしれません。
世界最高峰のコンサルティング会社 McKinsey Quarterly のペーパー “How leaders can help their organizations metabolize strain” は、組織変革における人間の反応を、別の角度から説明しています。
私自身、組織行動を教える者として示唆に富む学びの大きなペーパーでしたので、ポイントをご紹介したいと思います。
人は変化そのものに抵抗しているのではない。
変化によって、何かを失うことを恐れている。
これは、リーダーシップを考えるうえで重要な視点です。
「抵抗」という言葉は、何を見落としているのか
変化とは、単に新しい戦略や仕組みが導入されることではありません。そこには必ず、何かが終わるという側面があります。
組織再編では、これまでのチームがなくなるかもしれない。
戦略転換では、過去に評価された仕事が重要ではなくなるかもしれない。
役割変更では、自分の専門性や影響力が小さくなるかもしれない。
プロジェクト終了では、自分が注いできた努力の意味が揺らぐかもしれない。
つまり、人が恐れているのは変化そのものではなく、喪失です。
地位を失うこと。
影響力を失うこと。
所属感を失うこと。
有能であるという自己認識を失うこと。
これまでの成功体験が通用しなくなること。
そう考えると、組織の中で起きる「抵抗」は、単なる非協力ではなく、防衛反応として見えてきます。
もちろん、すべての抵抗を正当化する必要はありません。
組織には前に進まなければならない局面があります。
撤退すべき事業もある。
終わらせるべきプロジェクトもある。
変えなければならない役割もある。
しかし、前に進むことと、失われるものを見ないふりをすることは違います。
ここを混同すると、リーダーは変化を進めているつもりで、組織の中に未処理の緊張を蓄積させてしまいます。
未処理の恐れは、判断力を狭める
McKinseyのペーパーが強調するのは、未処理の緊張が判断力と関係性を損なうという点です。
人は不安や恐れが強まると、思考が狭くなります。
他者の意見を聞きにくくなり、自分を守ることにエネルギーを使い始めます。
その結果、会議は進んでいるように見えても、実際にはその場にいる人々の知性が十分に使われていない、ということが起こります。
資料はある。
議論もしている。
意思決定もされる。
しかし、誰かが黙っている。
誰かが過剰に正論を述べている。
誰かが空気を丸く収めようとしている。
誰かがデータに逃げ込んでいる。
その場で起きているのは、単なる議論ではありません。
人々が、自分の地位、能力、関係性、将来の見通しを守ろうとしているのかもしれません。
では、リーダーは何をすべきなのでしょうか。
McKinsey の答えは、ストレスをなくすことではありません。
ストレスを「代謝」することです。
この「代謝する」という表現が、このペーパーの核心です。
現代の組織では、変化は例外ではありません。
再編、戦略転換、予算の見直し、AIへの対応、地政学リスク、社会の分断。
危機が終われば安定に戻る、という前提は成り立ちにくくなっています。
だから必要なのは、ストレスのない組織をつくることではありません。
ストレスがあっても、それが判断力や関係性を壊さないように処理する力です。
つまり、組織としてストレスを代謝する力です。
リーダーの焦りも、防衛反応である
組織のストレスを代謝するために、まずリーダーが見るべきなのは、自分自身の反応です。
リーダーは、プレッシャーが高まったとき、自分が感情的になっているとは思いません。むしろ、「早く決めなければ」「議論を収束させなければ」「自分が介入しなければ」と感じます。
しかし、その焦り自体が、リーダー自身の防衛反応であることがあります。
会議で対立が見えた瞬間に、すぐ場を収めようとする。
部下が不安を口にした瞬間に、すぐ説明を始める。
沈黙が続いた瞬間に、自分が答えを出してしまう。
本人はリーダーシップを発揮しているつもりでも、実際には場の緊張に耐えられず、自分の不安を処理するために介入しているだけかもしれません。
強いリーダーとは、場を支配する人ではありません。
場の緊張に、自分が支配されない人です。
早く答えを出すことが、常に良いリーダーシップとは限りません。
ときには、緊張をすぐに消そうとしないことが、より深い思考を可能にします。
人は管理されると閉じ、受け止められると考え始める
次に重要なのは、相手をすぐに管理しようとしないことです。
人が不安を口にしたとき、リーダーはつい説明したくなります。
「それは心配しなくていい」
「こういう理由で決まった」
「前向きに考えよう」
「解決策に集中しよう」
これらは一見、合理的な対応です。
実際、リーダー側に悪意はありません。むしろ、相手を安心させようとしている場合が多い。
しかし、相手がすでに防衛反応に入っているときには、逆効果になることがあります。
なぜなら、相手には「自分の不安は理解されていない」と感じられるからです。
さらに言えば、「この人は私を理解しようとしているのではなく、管理しようとしている」と感じられてしまう。
McKinsey のペーパーには、印象的な言葉があります。
人は、受け止められたと感じると考えられる。
管理されたと感じると、思考を閉ざす。
これは、優しくすればよいという話ではありません。
基準を下げる話でも、責任を曖昧にする話でもありません。
むしろ、責任ある対話に戻るために、まず相手が何を脅威として感じているのかを見る、ということです。
「何が一番難しく感じていますか」
「この件で、何が失われそうに感じますか」
「私たちは、本当は何を恐れて足踏みしているのでしょうか」
こうした問いは、相手を甘やかすものではありません。
思考を再開するための入口です。
人は、理解されたと感じたときに初めて、防衛から対話に戻ることがあります。
組織には、ストレスを代謝する場が必要である
変化には、必ず終わりが伴います。
しかし多くの組織では、終わるものについて十分に語られません。
プロジェクトが終わる。部署が再編される。優先順位が変わる。人が異動する。
けれども、「何が終わったのか」「何が惜しまれているのか」「何を持ち越すべきなのか」は、言語化されないまま次に進みます。
すると、未処理の感情が残ります。
それは、表立った反対として出るとは限りません。
静かな抵抗として出ることもあります。
皮肉として出ることもあります。
会議での沈黙として出ることもあります。
新しい方針への表面的な同意と、内面の距離として出ることもあります。
だからこそ、変化を進める組織には、変化を受け止め直す場が必要です。
振り返り。チェックイン。移行のための対話。
終了したプロジェクトから何を学ぶかを話す場。
これから何を続け、何を手放すのかを明確にする場。
こうした場は、単なる感情ケアではありません。
組織の判断力を回復させるためのインフラです。
変化を代謝できない組織では、緊張が蓄積します。
緊張が蓄積すると、人は自分を守ることにエネルギーを使い始めます。
本来なら戦略や顧客や創造に向かうはずの力が、自己防衛に吸い取られてしまう。
逆に、変化を代謝できる組織では、不安定な環境の中でも考え続けることができます。
対立がなくなるわけではありません。
不安が消えるわけでもありません。
すべての人が納得するわけでもありません。
それでも、何が起きているのかを言葉にできる。
何を失い、何を残し、何をつくるのかを共有できる。
だから、緊張が分断ではなく、次の判断につながっていく。
強い組織とは、傷つかない組織ではない
強い組織とは、傷つかない組織ではありません。
傷や喪失をなかったことにせず、それを次の行動へと変えられる組織です。
そして強いリーダーとは、常に正解を示す人ではありません。
人々が自分を守ることに閉じこもりそうなときに、もう一度考えられる状態へ戻す人です。
場の緊張を増幅させるのではなく、処理可能なものに変える人です。
変化のスピードだけでなく、変化が人に何を失わせるのかを見る人です。
組織変革において、私たちはつい「どう動かすか」を考えます。
しかし、その前に問うべきことがあります。
人々は何に抵抗しているのか。
あるいは、何を失うことを恐れているのか。
この問いを持てるかどうかで、リーダーの見える景色は大きく変わります。
人は変化に抵抗しているのではない。
失うことを恐れている。
そして、リーダーの仕事は、その恐れを否定することではありません。
それを見える形にし、組織が次へ進めるように代謝させることです。■
◆ 参考資料:
How leaders can help their organizations metabolize strain – April 21, 2026
私のSubstack(The Untranslatable)では、今回のようなテーマをさらにグローバルな視点から、英語でディープに考察しています。
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初出:note、2026年6月13日。Fabio Caipirinha の恒久アーカイブとして収録(本サイト掲載:2026年10月15日)。原文:https://note.com/proper_clam757/n/nb387aeea6d0d